日本のやさしさと檻、その両方を抱いて生きるという選択
自由が怖くなる瞬間が、まったくないわけじゃない。
不安になる夜もあるし、先が見えなくて立ち止まることもある。
それでも私は、
自由を得て、それを守り切るための希望だけは捨てないと決めている。
なぜなら一度、
「自分で選ぶ人生の手応え」を知ってしまったから。
🍵帰国して初めて分かった、日本のやさしさ
海外から日本に戻るたび、最初に感じるのは安心だ。
・電車は時間通りに到着
・説明がとにかく丁寧
・空気を読めば物事が進む
・生活が「考えなくても」回る
正直、ここまで仕組み化された国は世界とどこを探しても他に類を見られないと思う。
日本のやさしさは、
人が失敗しなくて済むように設計されているやさしさだ。
それはそれは素晴らしし、この仕組みこそが数多くの人を守っている。
でも同時に、日本はそんな優しさで固められた「檻」にもなり得る事を私は知っている。
日本に長くいると、
身体のどこかが少しずつ鈍っていく感覚も少なからずある。
・先回りされ(すぎ)たサポート
・過剰な配慮(むしろ非効率かも?)
・正解ばかりが用意されすぎている環境
それらは、人の「考える力」や
「即時に判断する力」を、静かに奪っていく。
そうしているうちに気がづけば、
→自分で決める前に空気を見る
→正当化を外に求める
→失敗を極端に恐れる
そんな回路が、無意識に強化されていってしまうのだ。

日本のやさしさは、
自分の足で立つ力を使わなくても生きられるやさしさにもなる🐾
海外にいると、
自由と同時に責任という巨大な波が容赦なく押し寄せてくる
一方で、海外は真逆だ。
・誰も守ってくれない
・失敗は自己責任
・正解は存在しない(ケースバイケース)
代わりにどこにでも自由はある。
でもその分最初は特に、孤独も、怖さも、全部セットでやってくる。
ただその環境は、
「自分で自分を正当化するエネルギー」を確実に育ててくれる。
私はこの道を選んだ。だからこの結果を喜んで引き受けるし、どんな状況でも私自身が私を支えると決めている。
この感覚は、
管理された安心の中ではなかなか育たない。
私にとっての最適解は「往復」だった
海外か、日本か。
自由か、安定か。
どちらかを選ぶ話ではなかった。
私の場合、
海外にいることと、日本(アジア)に滞在することを行き来することで、精神のバランスが取れると気づいた。そもそも片方しか選べない人生など幻想かもしれないし、どちらも欲しければ両方手に入れたら話が早い。
🇪🇺西洋の自由さで、選ぶ力を鍛える
👍自分で自分を肯定するエネルギーを育てる
🙏東洋の礼節で、感性を整える
✍️勤勉さと持続性で、目に見えない価値を形にする
この物理的および思考回路の往復と切り替えをセットにしているから、
私は極端に振り切れず内面の平穏保ちながら過ごすことができている。
東洋と西洋の「あいだ」に立つ感性
東洋には、
・細やかな気配り ・礼節
・継続する力
・変化そのものを排除するほどの持続性
が存在する。
西洋には、
・個の自由 ・即断即決
・正当化を内側に持つ強さ
・失敗を経験値に変える軽やかさ
が見られる。
私は、そのどちらかになりたいわけじゃない。
そのあいだに立って、私なりの感性を形にしていきたい。

自由は、放っておくと簡単に奪われる。だからこそ、守り続ける強い意思が求められる。
最近になって気がついたことは、自由は、強く握りしめるものではなく、何度も何度も自分の為に選び直すものなのだと思う。
日本のやさしさも、見えない檻も知ったうえで、それでも私は、自由を手放さない。
行き来していい。
立ち止まっていい。
選び直していい。
その感覚が、外のノイズでかき消されてしまう前に、一つでも自身のためだけの決断をしてみて欲しい。
それだけで十分だ。
今日もまた、私は内面の感性を整えて、世界を渡っていきたい🗺️
最後まで読んで頂きありがとうございます😊
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