人生初めての退職、新たな旅立ち
人生の夏休みかとも錯覚したマレーシアでの生活は、あまりにも快適だった。美味しい食事、充実した医療制度、年金及び税金の優遇、求めていた本当の意味でのワークライフバランス。どの側面を垣間見ても、日本よりもずっとずっと理想的とさえ思えてしまった。さらには、生涯社交的に出歩いていた私にとって、自身と対話できる時間は人としての成長をニョキニョキ感じられる18か月間だった🌱

それでも私は、この場所を離れると決心し、ここドバイではマレーシアにいる時よりも日々の成長痛に悩まされている。心の中でのガッツポーズが止まらない。
1年間半勤めた会社を辞めるために、1月末に上層部へ報告。規定通り1カ月後の2月末に退職が決まった。退職願を書くのは人生で初めての経験で、「これが社会人としての次のステップか」と、不思議な気持ちになりながら、大人の階段を上った。
有給も消化しなければもったいない。ちなみに前職では1年に3週間の有給と2週間の病欠を与えられていた。最後の最後に自分の中のもったいないばあさんにそそのかされたので、マレーシアを去る前に実兄とのバンコク旅行を決行。美味しいものを食べ、街を歩きながらお世話になった東南アジアへの思い出を振り返った。ソムタム(辛いパパイヤサラダ)がおいしすぎて、大好きなタイ産ココナツジュースで底なしのお腹に流し込んだ。2月の終わりころ、滝田少年は夏休みの終わりに新学期を迎えるような高揚感と不安が入り混じる気持ちだった。

ビザキャンセルの恐怖と安心
退職後、最大の懸念事項だったのがビザのキャンセル手続き。マレーシアでは、ビザをキャンセルする際にパスポートを一時的に預けなければならない。
知人の話では、学生時代にビザキャンセルを申請したところ、なんと3カ月もパスポートが戻ってこなかったらしい。そんな話を聞いてしまったら、不安にならないわけがない。
「もし、帰国日までに戻ってこなかったら……?」
そんな心配も杞憂に終わり、実際には1週間ほどで無事に返却された。入国時に貼られた**EP(Employment Pass)**の上には、新たなスタンプと有効期限が押され、別のページには「3月1日以降、ビザ無効」の注意書き。確実に次の目的地へ進めることを確認し、ホッと胸をなでおろした。

「オーバーステイは絶対NG」の理由とは
マレーシアのビザ期限を気にしていたのは、以前聞いたアメリカの入国審査の話が頭をよぎったから。
知人の友人(50代)は、若い頃アメリカに留学していた際、3日間のオーバーステイをしてしまったらしい。そして30年後、再びアメリカに入国しようとしたところ、入国審査で突然拘束された。
携帯を没収され、トイレに行くにも許可が必要な状況。まるでテロリスト扱い。「オーバーステイは人生を左右する」と、身をもって理解させられるエピソードだった。
マレーシアはそこまで厳しくないのかもしれないが、それでも「うっかり」で自分の未来を狭めたくない。慎重に手続きを進め、期限内に出国の準備を整えることができた。

EPF(年金)の驚くべき恩恵
退職と同時に、マレーシアのEPF(Employees Provident Fund)、いわゆる年金制度からの脱退手続きも行った。
EPFは、マレーシア人は加入義務があり、外国人は任意。しかし、どのローカルに聞いても「EPFはどんな株よりも神制度」と言われていたので、私は積極的に加入していた。時には拠出金額を増やしながら貯めていた結果…… なんと100万円以上のリターン!実査に支払ったのは50万円程度だった。
EPFのすごいところは、
- 自己拠出金額(通常11%)に加えて、会社も同額(パーセンテージに制限あり)を負担してくれる
- 働けば働くほど、生涯貯金のように積み上がる
日本の年金と比べてしまうと、どうしてもこの仕組みの優秀さが際立つ。「自分が将来もらえる日本の年金は、一体どうなるのだろう」と、母国に対する一抹の不安を感じずにはいられなかった。

具体的にすごかった税金と医療制度
税金:驚くほど手元に残る仕組み
マレーシアの税金は、低いだけでなく、控除の種類が豊富だった。
例えば、
- 自己投資(資格取得、勉強費)
- 新しいパソコン・スマホの端末料金
- 医療費(扶養家族がいる場合、家族分も控除可能)
- EPF(年金)拠出金
- 電気自動車(付属充電器)代金
以上はあくまで一部であるが、これらを控除できるため、課税対象の所得額が大きく下がる。結果として、もともと低い税率がさらに引き下げられ、驚くほど手元に残るお金が増えた。2023年のリターンでは半年分の税金リターンだけで50万円が返ってきた。棚ぼたボーナスが得られた気分と言ったら😊

日本では、所得税や住民税、社会保険料が高額で、手取りが大幅に減ることが多い。しかしマレーシアでは、働いた分がしっかりと手元に残る仕組みができていた。
医療:手厚くてお得すぎる
そのほかにも大きく助けられたのが、マレーシアの医療制度。
最初の半年間は、職場提携のクリニックで完全無料。制度が変わった後も、診察料はわずか20RM(約600円)。しかも、薬代込み。
一般的な風邪やアレルギーの薬はもちろん、ちょっとした皮膚疾患や胃腸の不調まで対応してくれた。さらに、大きな病院での検査が必要な場合は、クリニックで紹介状を書いてもらい、診察後に会社の保険会社へ請求。なんと、全額カバーされることもあった。
「もし海外で大病を患ったらどうしよう」という不安は常にあったが、マレーシアでは制度と保険の二重のサポートがあり、安心してのびのび生活できた。

そして、ドバイへ——さらなる挑戦が待つ場所
こうして、私はマレーシアを去る準備をすべて終えた。
マレーシアでの時間は、まさに「自分を見つめ直す期間」だった。安心して暮らせる環境、安定した仕事、充実した生活。すべてが整っていた。でも、快適すぎる環境は、私にとっては物足りなかった。
私は、もっとチャレンジしたい。
もっとエネルギッシュな環境で、自分を試したい。
次の舞台は、ドバイ。
刺激的な街、世界中から集まるプロフェッショナルたち、無限の可能性。そして、青天井の給与システム。
「自分の限界は、どこまで広げられるのか?」
それを試すには、ドバイは最適な場所だった。
3月1日、私はマレーシアを飛び立った。
次の挑戦の地、ドバイへ——。

最後までお読みいただきありがとうございます。明日こそドバイで一体何をしているのかお話しします❣
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