出島から始まった友情 日本とオランダ400年のLEGACY

By Mana takita

日本とオランダ。
国土のサイズも気候も、文化もまるっと異なる。それなのに、この2つの国は400年以上ものあいだ静かに、深く繋がり続けてきたことをご存じだろうか。


⚓ 長崎・出島がつないだ「世界への窓」

時は江戸時代まで遡る。
世界のほとんどの国と国交を断っていた日本の中で、
唯一オランダだけが正式に貿易を許された国だった。
そう、かの有名な「出島」である。

鎖国中の日本が、ヨーロッパと手を取り合った最初の国。
これがオランダだった。初めてのヨーロッパ渡航先として選んだ「アムステルダム」という都市。当初は西洋の地理など全く分からなさ過ぎて、「オランダ」又の名を「ネザーランド」という事実にも恥ずかしながら驚いた。

昨日伝えたお城レポの際に、オランダを漢字で表したら?「蘭」と思い出し、そういえば日蘭貿易ってなかった?と学生時代の記憶を引っ張り出しこうして記事にしてみた。

オランダは武力ではなく、知識と誠実さで日本と関わりを持ち続けている。
◆医療・天文学・地理学・化学◆
多くの「オランダ経由の西洋文化(のちの蘭学)」が日本に入ってきた経緯があり、その影響はあなたが想像している以上のものかもしれない。

出島での貿易は、ただの経済活動ではなかった。
日本が外の世界を学ぶためのゲートウェイそのものだったのである。

早速両国にどういった繋がりがあったかを書き下ろしたかったが、どうしてオランダだけが江戸幕府から特別扱いをされたんだ?と疑問が生じた。かなりクセツヨだった社会科の先生もこの点は解説していなかった気がしている。


⚓ なぜオランダだけが鉄壁「鎖国の扉」を通れたのか?(諸説あり)

🧭 ① キリスト教を広めようとしなかったから


当時、日本(江戸幕府)はキリスト教の布教を極端に恐れていた。スペインやポルトガルの宣教師が「信仰の布教」を名目に各地で勢力を大きく拡大していたため、幕府は「植民地化されるのでは?」と危機感を抱いていた。

一方オランダは商売一筋。宗教に口出ししないスタンスをとっていた。「貿易だけできればいい」という現実主義が評価され、唯一の例外として出島での取引を許されたらしい。

宗教よりも商業を重んじた国


🕊 ② 幕府の「情報ルート」として有用だったから

オランダは当時、ヨーロッパでも科学技術・医学・地理学などの知識が進んでいた。この事実は現代となっても変わることなく、「EUの玄関口」としてハイテク分野での進化を遂げ続けている。

そんな当時、江戸幕府にとっては、世界の情勢を知るための「情報の窓口」としてオランダ商館が貴重な存在だった。商館長の(カピタン)は年に一度将軍への謁見に赴き、ヨーロッパの政治・科学・文化・軍事などを報告していたのだとか。
これがのちの「蘭学(オランダ学)」の発展につながっていく。


⚖️ ③ ヨーロッパ内での中立な政治的立ち位置

当時のオランダは、スペインから独立(1581年)したばかりでカトリック(ローマ教会)と距離を置くプロテスタントの国。
スペイン・ポルトガルのように
「征服・布教・植民地化」という路線を決して取らなかった。日本にとっても、ヨーロッパで繰り広げられる宗教戦争とは無縁なオランダは、安全で中立的な取引相手として信頼を買っていた。

宗教・政治どちらにも偏らない中立国


🧂 ④ 単純に、貿易が抜群にうまかった

中立、情報ツウなだけではなく、実務レベルでもオランダ商人たちは頭ひとつ抜けていた。
彼らは誠実で嘘をつかず、取引はいつもスムーズ。
帳簿も几帳面に残し、トラブルがほとんどなかったらしい。

幕府からの信頼も厚く、「オランダ人は約束を守る」という評判まで定着していた。ビジネスの世界では、まさに誠実さは一番のブランドバリューとなり得る。

国民性なのか、はたまた気候や土地のせいかはわからない。けれど、実際にオランダで過ごしてみると
西洋文化圏の中ではかなり几帳面で、丁寧すぎでは?といった側面を思いがけず目にする事も多かった。
風と水のバランスが整ったこの国だからこそ、
几帳面で信頼される「しっかりさん」が自然に輩出されているのかもしれない。


🌸どうしてオランダだけが許されたのか?

観点内容
宗教布教しなかった(商業重視)
政治中立的で西洋他国と距離を置いていた
学問科学・医学など最新知識を日本にもたらした
信頼約束を守り誠実な取引を続けた

結果として
「オランダ=宗教を押しつけない、知識を運んでくる、安全な取引相手」という信頼三拍子がフルコンボし、200年以上にわたって唯一のヨーロッパ窓口として存在し続けた。

鎖国の時代でも、
日本が世界と完全には切れていなかったのは
オランダという国の現実主義と誠実さのおかげだったと言えるのかもしれない。

そんな深いご縁のあるこの国に、いつの間にか2週間どっぷりお世話になっていた。ゆったりで少し無気力チックになったシンガポール、ドバイでの炎のような喧騒を抜けてやっと美しい水辺のそばで肺の底から呼吸することができた。オランダの街の美しさとのどかさに、温かく包まれたような感覚が忘れられない。

次なる目的地はドイツ。11月中旬までの滞在を予定して、オランダにまた戻るか別の都市へ移るか考え中。現地レポート継続いたします!


最後までお読みいただきありがとうございます🌷

インスタグラム:__mana.lulu

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